木輪相法

占察木輪相法

『占察善悪業報経』の三輪相法に基づく。過去世の十善・十悪の業種、身・口・意の軽重遠近、三世の果報を占う。

本ページは経典に基づくデジタル便宜ツールであり、実物の木輪ではない。参考・内省のためのもので、運命の断定や医療・法律の助言にはならない。

第一輪相・十善悪の業種

十の輪。各輪は善の面・悪の面・空白二面。十輪をすべて投じ、過去世に造った十善・十悪の業種が「現れる」か「現れない」かを占う。

第二輪相・身・口・意の軽重遠近

第一輪相で現れた業ごとに、身・口・意の輪を投じ、その善悪の「多少・軽重・遠近」を占う。(経に「三輪の相を一擲で通占してはならない」とあるので、業ごとに別占する。)

まず第一輪相を投じるか、下から業を選んで第二輪相を占う。

第三輪相・三世の果報(一八九種)

六の輪。各輪は数字三面と空白一面。三回連続で投じ、三回の合計で一八九種の善悪業差別相に対照する(一〜一六〇は現世、一六一〜一七一は過去世、一七二〜一八九は未来世)。

占察木輪相法について

本ツールは隋の菩提灯(ぼだいるし)訳『占察善悪業報経』に記された木輪相法を再現したデジタル便宜版であり、経の説く三輪相の構造と判相の論理を理解しやすくするためのものである。

三輪相法とは

経の中で地蔵菩薩は、在家・出家を問わず「生老病死を脱し、苦より楽に至らん」とする一切の人びとのために、木輪相法を説かれた。十種・三種・六種の木輪をもって三つの輪相に分けて占う。

  • 第一輪相:十の輪。過去世に造った十善・十悪の業種が、いま「現れる」か「現れない」かを占う。
  • 第二輪相:身・口・意の三輪(長紅・短紅・長黒・短黒)。現れた業の善悪の「多少・軽重・遠近」を占う。
  • 第三輪相:六の輪。各輪は数字三面と空白一面。三回投じて合計し、一八九種の善悪業差別相に対照し、三世の果報を指示する。

なぜデジタル便宜版か

  • 実物の木輪は如法に作り、礼懺し、至心で占うことを要する。デジタル版は「算法と判相」のみを再現し、輪と儀軌の形式を省く。
  • 数字の乱数は実物の占擲とは異なる。実物の輪相は「至心」が肝要であり、相応せぬときは再び礼念して重占する。デジタル版は経文の構造を覚えるためのもので、結論として執してはならない。
  • 経に明言あり。「輪相が今世の果報、経た苦楽吉凶と相当するものを相応という。相当せざるものは至心ならざるによる、これを虚謬という」。

どう自省するか

  • まず儀軌の要を読み、占察が懺悔と浄信を本とし、占卜で勝つためのものでないことを知る。
  • 第一輪相は業種の現・不現、第二輪相は身口意の軽重遠近、第三輪相は三世果報の類別を見る。
  • 数字が極小(「一」)または極大(「一八九」)であることは極めて稀であり、経論はそれの示す事柄をますます殊勝とする。これを「精進して懺悔し、大願を発せよ」との策励と見るべし。

占察の法門は結局「諸障を除き、浄信を増し、懺悔の方向を示す」ことに尽きる。自らを照らすために用い、命を占うためには用いるべきでない。

よくある質問

デジタル版は正しいか。運命を断定できるか。
正しくもなく、断定もできない。デジタル版は経の「三輪相法」の算法と判相の構造のみを再現し、乱数で生成される。実物の占擲に要る至心の礼懺を含まないので、いかなる運命の断定や医療・法律の助言にもならない。
輪相が問いに「相応」しない場合はどうするか。
経によれば、相応せぬのは「至心ならざる」ためで、これを虚謬という。至心に礼拝し、地蔵菩薩の聖号をとなえ、懺悔発願してから重占し、相応するまで繰り返す。デジタル版ではリセットして再投じ、判相に習熟すればよい。
第三輪相の数字は何を意味するか。
六輪を三回投じ、三回の合計が一〜一八九の一数となり、一八九種の善悪業差別相に対応する。一〜一六〇は現世、一六一〜一七一は過去世、一七二〜一八九は未来世の果報。三輪とも空白(無所見)なら、経に「此人則名已得無所有」という。
これは仏教の修行法門か、占いの道具か。
仏教の占察法門のデジタル再現であり、重点は「懺悔の方向を示し、浄信を増す」ことにあって、占いではない。修行はなお懺悔・至心・発願を本とす。デジタル版は理解と自省の助けにすぎない。